なっとぅblog

大学生です。暇なので始めました。雑記、旅、都市伝説、映画の感想など、あらゆるジャンルを書こうと思いますと言いたいところですが、今の世界情勢の関係で陰謀論中心に更新します。

TRONプロジェクトとあの事故【都市伝説】

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どうも!なっとぅです!皆さんは、免許を取得したことがありますか?

 

私はあります。

 

私はついこの間、約3ヶ月かけて、近くの教習所へ行き、学科を受け、技能も受け、トントン拍子で仮免まで行って合格し、第二段階まで進みました。しかーし、第二段階では都内の路上を走るため、交通量の多さや変則的な道路や車両、外車の多さによる威圧感などで、今まで以上に難しい上、覚えることも増え、さらには教官から褒めらることも少なくなってしまいました!毎日毎日落ち込み、憂鬱になり、とにかく嫌いな教官へと当たるな当たるなと願いながら日々を過ごしていましたが、気がつけば卒検まで進み、運良く合格し、本免試験も一発で合格!その本免試験で辛かったことが一つだけあります!その辛かったことというのは!

 

 

 

 

 

 

 

 

免許をもらえるまでの手続きと待ち時間です

 

 

 

 

 

 

 

という茶番でした笑。これからたまにこのような茶番も混ぜようかなと検討中です笑。さて、お待たせしました。ここから本題です。今回の都市伝説ですが、コンピュータ・アーキテクチャー構築プロジェクトとして日本で行われていた「TRONプロジェクト」。実はこのプロジェクトにはあの事件に関わる陰謀が存在しています。ということで今回はTRONプロジェクトとあの事件について触れていきたいと思います!

 

 

TRON」とは「The Real-time Operating system Nucleus」という、太字の頭文字の部分を取り出した略であり、高度情報化社会にふさわしいコンピューティング環境の構築を目指す構想のことを言い、このプロジェクトは1983年ごろ坂村健氏によって提唱され、開始された日本独自のOSプロジェクトです。リアルタイムカーネル(組み込み向け)のITRONと、より大きなシステム(パソコン向け)のBTRON(オフィスなどの仕事で使われることを想定していたコンピューター)、それらを統合するシステムのというMTRONというロードマップを示し、また、坂村氏は今後世界では全てコンピューターに入り込むこと、つまりIoTを予測しており、その開発も行っていたようです

 

そして、旧通産省と旧文部省の関連団体である財団法人コンピューター教育開発センターは日本の学校教育用標準OSとしてBTRONの導入が検討され、これは大々的に報じられて多くのメーカーが参入することとなり、そこから日本国内の小学校教育用パソコンはTRONの導入が決まったのです

 

しかし、1989年にアメリカからスーパー301条に引っかかるとして圧力がかけれてしまい、さらにはアメリカ合衆国通商代表部が発行した「外国貿易障壁報告書」からTRONが名指しされてしまい、100社ほどのメーカーが撤退することになり、学校に導入されたのはマイクロソフトのパソコンへとなってしまったのです。

 

ここまで聞けば、アメリカからの貿易などによる圧力で終わったのかと思うかもしれませんが、それだけでは終わりませんでした

 

 

このTRONプロジェクトにはあの事故と関係があります。その事件の名が「日航123便墜落事故」です。1985年8月12日に群馬県多野郡上野村の山中に墜落した事故です。この記事が投稿されている日がちょうどその事故が起きた日だと思います。この事故で死者が520名も出たのですが、その飛行機にはなんとTRONプロジェクトを手がけていた天才エンジニア17人も乗っていたことがわかり、その17人は全員死亡してしまったのです。これによって、TRONプロジェクトは後退せざるを得なくなってしまい、その後、OS覇権を握ったのはマイクロソフト社でした。これが偶然だろうが、必然だろうが、この事故で利益を得たものがいるのは確かですその利益を得たものにとって、「TRONプロジェクト」は邪魔な存在だったから潰したかったのでしょう。この事故がなければ、TRONプロジェクトも後退せず順調に進められて、OS覇権を握れていたかもしれません。その覇権を握らせないために事故を起こしたという可能性もあります。また、噂にすぎませんが、マイクロソフト社がTRONプロジェクトの技術を盗むために事故を起こしたという可能性もあります。

 

 

この事件は本当に都市伝説が多く、この事故の原因では金属疲労で点検や整備が甘かったと言われていますが、一説によるとこの飛行機にミサイルが追跡されており、そのミサイルに攻撃されたのではないかとも言われています。鑑識の医師からも「単なる墜落事故の遺体とは思えない」と発言したようです。

 

他にも国内の山の中にもかかわらず、救助があからさまに遅かったこと(墜落してから14時間後に救助)や、救助隊よりも横田米軍基地のヘリが早く到着したのに「救助せずに帰ってこい」という命令を受けたこと、軽傷者がいたが事後処理として殺害されたこと、アーミーナイフの自衛隊100人ほど投入されたこと飛行機の動きが明らかに不自然だったことなど様々な陰謀がありますね。そのぐらいこの事故は不自然なことであり、不可解な点が多いのです。

 

そして、そのミサイルは日本から打たれたであろうが、ここまで陰謀を聞くと誤発射でその時間稼ぎとして事後処理を行わせたという説が濃厚かもしれないまた、そのミサイルが本当に誤発射だったのか。わたくしのブログ、特に「JAP.COM」の記事を読んだ人なら、だいたい予想はつくかもしれないが、当時の総理大臣が中曽根康弘氏であり、彼は長期政権を構築していた総理大臣の一人であり、「JAP.COM」によって支えられた一人でもある。つまり、アメリカに忠実に従う日本のトップだったのだ。そんなトップが、もしアメリカから命令されていたとすれば、逆らわない理由はないだろう。そして、事実を隠すのも無理もないだろうな。

 

 

亡くなった方々、ご遺族にご冥福をお祈りします

 

 

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